福岡県篠栗町5歳児餓死事件

児童虐待対策委員会報告レポート

2021年7月5日。 福岡県篠栗町役場へ行って参りました。
本件は昨年4月、碇翔士郎君(5歳)が虐待の果てに餓死したあまりに凄惨な事件を受け 本会会長を筆頭に児童相談所などの在り方など、様々な角度で当該事件の真相を追求してきました。

 

https://news.yahoo.co.jp/articles/bd5e126e094029152ade3a4e71217f4d86b2fb81… 

 

この児童虐待対策委員会(ccc)が発足するきっかけとなった事件です。
私が今回、篠栗町役場の子ども育成課へ訪れた目的は 先般の情報開示に真っ黒な回答が来た理由と 国に対する法改正ならびに私権制限におよぶ改革を打診する決議案を取らずに、 条例制定案で止まっている経緯を聞きに行きました。
町議会は6月18日、定例会の最終本会議を開き、当該事件を受けて 「町民の命を守る条例案」を可決させました。
側で見ると 「しっかり仕事をしているな。」 「役目を果たした」 と、見られる方もいらっしゃると思います。
そうでしょうか? 条例とは所詮、努力義務です。 果たして、努力義務で碇翔士郎君(5歳)を救えたでしょうか?
やるべき事の本質とは、町議会として国に対し、児童虐待防止の為の法改正(制定) もう一つ言うと、私権制限に及ぶ憲法の見直しにまで至る話です。
なぜか。
大人から家庭で虐待される子供は家の中でやられているからです。
今、ここに踏み込めるような法体系でしょうか?
良識ある町民に条例で努力義務を課してどうするのですか?
5歳の小さな子供が、ご飯も食べさせてもらえず、お腹を空かせて日に日に弱り、やがて死んでいく様を平気な目で見ていられる人間が、例えば1万人いたら何人いるでしょう?
おそらくいないでしょう。 しかし世の中には、1万1人目の、人の皮をかぶった怪物がいるのです。
小さな子を餓死させたり、体に血溜まりが出来るほど痛めつけれるような怪物がごく稀にいるのです。
この怪物を押さえ込む為の改革でなければ何の意味があるでしょう?
同じ事を申し上げますが、良識ある篠栗町の一般町民に努力義務を課してどうするのですか。
ただ、町役場が出来る事の中で触れる最高法規的な物は、条例しか無いのは重々承知しています。
だからこそです。 国に対して家庭の中で殺される子供を救出できる児童相談所、あるいは警察の在り方へ改革していく法改正打診の決議案ぐらいは、町役場として最低限の役目と思うのです。
一筋縄でいかない話である事は重々承知しています。
かつてこの国は超法規的措置において当時の首相が 「人命は地球よりも重い」と言いました。
だったら超法規的措置で殺されゆく子供も助けてやれよ。 と、そう思うのですが、そんな判断が下される事は今後もおそらく無いと見るのが妥当でしょう。
ならば超法規的措置も取れないなら最低限の罰則のある法改正まで行かないと いつまでも類似の事件に対して、影響力が無い状態です。
翔士郎君が亡くなった事件のあと、すぐ近くの福岡県飯塚市でこれもまた子供を巻き込んだ無理心中を試みる事件が起きています。
条例が抑止になるなら、少なからずこの事件に翔士郎君の事件を反省として影響があったのではないでしょうか。
現在、福岡県議会も似たような性質の条例制定案について議論が成されています。
努力義務では家庭で殺される子供は救えません。
今後も当会の一般会員として粘り強く提言をして参ります。 
以上、レポートでした。
(一般会員・石川慎之助)

 

令和3年7月5日 篠栗町役場訪問 虐待あかん連絡会~石川編~

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